大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)60号 判決

原告

福本清

訴訟代理人

徳永豪男

田中庸雄

峯田勝次

間瀬場猛

関戸一考

田窪五朗

被告

旭税務署長

富永亀吉

被告

国税不服審判所長

林信一

被告

代表者法務大臣

秦野章

被告ら訴訟代理人

森勝治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件課税処分の経緯等〈省略〉

二本件各処分の取消請求について

(一) 課税処分は、一種の行政処分であるから、それが適法であるためには、手続が適正になされることが必要である。したがつて、課税処分の取消訴訟で訴訟の対象(訴訟物)とされるのは、処分の内容及び手続の両面にわたる違法事由一般であると解するのが相当である。もつとも、課税処分の内容(すなわち、課税標準や納付すべき税額等の計算の基礎となる事実の存否)が違法事由として主張される取消訴訟の訴訟物は、課税庁が課税処分において認定した理由の適否ではなく、総所得金額に対する課税処分の違法性一般であるから(いわゆる総額主義。最判昭和四九年四月一八日訟務月報二〇巻一一号一七五頁参照)、推計課税の場合に、当初の推計方法に合理性が認められなくとも、新たに主張された推計方法に合理性があり、この推計によつて算出された総所得金額によると課税処分が内容的に違法にならないときには、当該課税処分は適法であるとして維持すべきことになる。そこで、このような総額主義の立場をとると、課税庁の処分の根拠となつた総所得金額認定の経緯は審理の対象から除外されることになるが、それは課税処分の内容の違法が問題とされる場面においてのことであつて、課税処分そのものの適正手続が問題とされる場合には、行政処分の違法事由一般の問題として、これを審理の対象として検討しなければならない。

したがつて、被告署長の主張(一)は採用することができないから、以下、原告の主張について判断する。

(二)  手続的違法事由(一)について

原告は、被告署長が、民商の弾圧を目的として、都島民商の会員である原告につき、他の納税者と差別して所得調査をし、本件各処分をしたと主張するが、前記認定の事実によると、都島民商の会員である原告に対して所得調査がされ、本件各処分がなされたとはいえるものの、それ以上に、原告の主張の事実があつたとすることはできず、その他本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、これを認めることができる的確な証拠はない。

(三)  手続的違法事由(二)について

原告は、本件各処分が違法な調査に基づくものであると主張する。

ところで、国税通則法二四条は、税務署長は、納税申告書の提出があつた場合に、「調査したところと異なるときは」、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する、と定めており、所得税法二三四条一項は、「税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、次に掲げる者(納税義務者やその取引先等)に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる」、と定めている。

さて、国税通則法二四条は、税務署長が更正処分をするには調査に基づくことが必要であることを定め、所得税法二三四条は、これを受けて、税務署長の部下職員が税務署長の命で現実に調査をする際の質問検査権について定めたものであるが、右質問検査の実施の細目については実定法上何らの規定も見当たらない。したがつて、所得税法二三四条一項にいう「調査について必要があるとき」の解釈の問題に帰着するが、同条項は、質問検査の範囲、程度、時期、場所等については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当な範囲内である限り税務署職員の合理的な選択に委ねられていると解するのが相当である(最決昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七号一二〇五頁)。つまり、質問検査の実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知についても、質問検査を行なう上での法律上一律の要件とされているわけではないから、これらを欠く場合でも、社会通念上相当な範囲内で行なわれる限り、その税務調査は適法であるといわなければならない(所得税法二三四条一項をこのように解釈しても何ら憲法に違反するものではない)。

そこで、これを本件についてみると、被告署長の部下職員は、第一回目の調査日には事前通知をしなかつたけれども、原告が不在であると判明すると、次回の日を家族に伝えて辞去しており、以後はすべて事前連絡のうえ原告方を訪問しているし、質問検査の際には、原告の昭和四九年ないし五一年分の事業所得に関する調査であることを告げており(原告の確定申告書は、所得金額の計だけが記載されていて、収入金額と必要経費の内訳が不明であるから、申告の内容につき、個別的に疑問点を指摘できるような事案ではない)、原告らが税務職員のいう調査理由では納得できないとして帳簿書類の提示を拒み、申告額の計算根拠について何らの説明をしなかつたので、原告の取引先に対する反面調査をしたものであるから、本件調査が社会通念上相当な範囲を逸脱しているとは、到底いえない。

したがつて、原告の主張は、理由がない。

(四)  手続的違法事由(三)について

原告は、本件更正処分の通知書に更正の理由が記載されていないことが違法であると主張し、右記載がないことは当事者間に争いがない。

ところで、所得税法一五五条二項は、青色申告の場合につき、更正通知書にその更正の理由を附記しなければならないと定めているが、同法一五四条二項は、所得税の更正一般(白色申告の場合)については、更正通知書に所得別の内訳を附記しなければならないと定めるのみで、更正理由の附記についての定めはない。

そうすると、右法条の趣旨は、青色申告書によつて確定申告がされた場合にのみ、これを更正するときの更正通知書には特別に更正理由の附記を要するとしたものと解するほかはないところ、原告の確定申告は、白色申告書によるものであるから、本件更正処分の通知書に更正理由の記載がないことによつて本件更正処分が手続的に違法になるわけではない。

したがつて、原告のこの主張も理由がない。

(五)  原告の係争各年分の総所得金額について

1  原告の係争各年分につき、別表(三)及び別表(五)の②売上原価、③一般経費、④特別経費、⑤計、⑥事業専従者控除額については、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、売上金額について判断する。

2 原告の係争各年分の売上金額の算出について、被告署長は推計課税を主張し、原告は実額による算定が可能であると主張している。

ところで、推計課税も実額課税も課税標準を認定するための方法の差異に過ぎず、推計課税は実額課税ができない場合にやむを得ず用いられる課税方法(補充的課税方法)であるから(所得税法一五六条はこのように解せられる)、実額設定が可能な場合には、まずこれによつて課税標準を認定するのが相当である。そこで、原告の反論(二)について検討する。

3  原告は、係争各年分の売上金額は別表(六)の(1)、(2)のとおりであり、昭和四九年分が一、三〇四万七、九一一円、昭和五〇年分一、三〇五万二、四九〇円であると主張する。

しかしながら、別表(六)の(1)、(2)が係争各年分の売上金額を正確に集計したものであるとは到底認めることができない。その理由は次のとおりである。

別表(六)の(1)、(2)の現金売上欄に赤字が計上されているが(別表(六)の(1)については四月、五月、七月、別表(六)の(2)については四月、七月、一一月)、現金売について赤字が計上されることについて合理的な説明がない(発生主義をとつて会計処理をした場合に、前受金があるときは、現金主義による記帳を修正する必要が生じるけれども、本件では前受金があつたと認めることができる証拠はない)。もともと、この現金売上の部分については、原告は当初別の主張をしていたが、証人福本清一が証言(第二回)の際にその説明に窮し、主張が変更されたものである(従前の主張が数字を適当に調整したものであることは、〈証拠〉によつて明らかである)。

〈証拠〉によると、原告は、隣近所や仕事現場で頼まれた軽微な仕事で請求書も書かずに現金を受領した分で、卓上日記にメモ書していたものを、確定申告のときに集計したうえ、売上金額集計表(乙第二五、二六号証)のその他欄に一括して計上したというのであり、この事実を前提にすると、赤字になる余地は全くない。

そうすると、その余の点について検討するまでもなく、別表(六)の(1)、(2)をもつて原告の係争各年分の売上金額(実額)であるとするわけにはいかないから、原告の主張は採用できない。

4  そこで、被告署長の推計課税の主張について判断する。

(1) 推計の必要性について

前記認定の事実によると、被告署長が本件各処分をする際、原告に対して帳簿書類の提示を求めたが拒絶され、反面調査をしたが、結局実額を把握することができなかつたのであるから、推計課税の必要性があつたとしなければならない。

なお、現時点でも、売上金額について実額が判明しないことは、前に説示したとおりである。

(2) 推計の方法について

被告署長は、主位的主張として同業者比率による推計を主張し、予備的主張として本人比率による推計を主張している。

ところで、同業者比率よりも本人比率の方が推計方法としてはより合理性が高いことはいうまでもないから、当裁判所は、まず、本人比率による推計を検討し、これが不適当だと判断されたときに同業者比率によつて推計することにする。

(3) 本人比率による推計とその合理性

被告署長は、原告の昭和五一年分の原価率を用いて係争各年分の売上原価から売上金額を推計しているところ、原告の昭和五一年分の原価率が0.4329であることは、当事者間に争いがない。そして、この原価率によると、被告署長主張のとおりの算式によつて、原告の係争各年分の売上金額は、別表(五)のとおりになる。

そこで、右推計の合理性について検討する。

(ア) 〈証拠〉によると、原告の営業は、昭和四八年夏ごろ、福本清一が実質上引き継ぐことになつたこと、福本清一は、昭和四三年に工業高校電気科を卒業すると直ぐに原告の営業を手伝つていたものであるが、原告から営業を引き継いだ時点では未経験なため判らないことも多く、仕事にも時間がかかり、昭和五五年ころになつて漸く仕事にも慣れ、信用も得られるようになつたこと、そこで、福本清一が営業を引き継いだ後も原告ができる範囲で仕事を補い続けていたこと、得意先は、昭和四九年から五一年にかけて大きな変化が見られなかつたこと、その間の営業の規模や形態についても特に変化がなかつたこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右事実によると、福本清一が営業を引き継いだ時点で苦労したことは窺えるけれども、昭和四九年から五一年にかけて、原告の原価率に著しい差異が生じるほどの事情があつたとはいえず、他に特段の事情がない限り、原告の昭和五一年分の原価率によつて係争各年分の売上金額を推計することに合理性があるとしなければならない。

(イ) 原告は、福本清一が営業を引き継いだ当初は安い単価で工事を請け負つていたものであり、別表(一三)に記載のとおり工事の単価が変遷し、昭和五一年は、昭和四九年、五〇年に比べて高くなつていると主張する。

しかし、同表の記載からも明らかなように、一軒当たりの金額に高低のバラツキがあり、電気工事の内容が同じであるとは考えられないので、適切な比較ができているとはいえないし、さらに、原材料の個別的対応関係が明らかでないから、原価率の適否を判断するための特別事情と見ることはできない。

(ウ) 次に、原告は、オイルショックにより材料単価が別表(一四)のとおり変動しているから、原価率の適用には合理性がないと主張する。

しかし、材料単価の変動に比例して売上金額(の単価)が変動することもないわけではなく、変動した材料単価に個別的に対応する売上が明らかでない以上、オイルショックが原価率の適用を妨げるほどの特別事情であるといえるかはにわかに決められない。

しかも、原告の主張する品目は原材料の中の一部であつて、昭和四九年よりも昭和五一年の方が値上りしているものもあるから(たとえば、〈証拠〉によると、FL―四〇Dは、昭和四九年一月八日二八〇円、昭和五一年一月二〇日三四〇円であり、WW―三四〇二は、昭和四九年一月一一日六五円、昭和五一年三月二九日九一円である)、原材料全体がオイルショックによる影響を受けたともいえないし、また、被告らが再反論(二)(2)で主張するように金額的にも全体の中で占める割合は少いのである。そして、この金額を全部取り入れて売上金額を修正しても昭和四九年分の所得金額が裁決の額を下ることはない。

(エ) まとめ、

原告の昭和五一年分の原価率によつて係争各年分の売上金額を推計することに合理性がある。

(4) なお、原告は、昭和五一年分の総売上金額のうち売上げが明らかなものに対するその他不明分(現金売り分)の割合を用いて係争各年分のその他不明分を推計して総売上金額を算出すべきであると主張する。

しかし、原告の係争各年分を通じて総売上金額のうち売上げの明らかなものに対するその他不明分(現金売りの分)の割合が一定しているとは限らない。この点では、売上げと原価とが対応関係にあるのとは性質を異にする。したがつて、昭和五一年分の右割合をもつて係争各年分のその他不明分を推計して総売上金額を算出することには、合理性がない。

(5) まとめ

原告の昭和五一年分の原価率によつて係争各年分の売上金額を推計すると別表(五)の①売上金額に記載のとおりになり、したがつて、原告の係争各年分の所得金額は、同表の⑦所得金額に記載のとおりになる。

なお、本人比率による推計課税に合理性が認められる以上、同業者比率による推計課税については判断をしない。

5  以上のとおり、原告の係争各年分の所得金額は、昭和四九年分については四四五万二、一七〇円、昭和五〇年分については五〇一万八、五四〇円であるから、その金額の範囲内でされた本件各処分は適法である。

(六)  まとめ

被告署長がした本人各処分は、手続的にも内容的にも適法であり、原告が主張する違法事由はない。〈以下、省略〉

(古崎慶長 孕石孟則 八木良一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例